宮沢賢治の手書き文字

1980年に出た『新修宮沢賢治全集』(筑摩書房)の第十二巻には箱全面を覆う帯がついていた。毎月こつこつとこの全集を買っていた頃が個人的な第二次宮沢賢治ブームだった。この帯の裏表紙側には『銀河鉄道の夜』冒頭の原稿の写真が載っていて、賢治さんの手書きの文字に大いに興味をかき立てられた。

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まずタイトルが『銀河鉃道の夜』と書かれている。戦前の出版物なら『銀河鐵道の夜』だし、戦後なら『銀河鉄道の夜』となる。俗字の「鉃」は活字にはならない。

原稿全体を見てみたいと思いながらも当時は術もなく、そのまま時がすぎた。
Twitterで、『宮沢賢治銀河鉄道の夜」原稿のすべて』という本が存在することを知ったのは最近で、にわかに第三次マイブームに突入したわけだ。

影印を舐めるように見ながら、まずは賢治さんが変体仮名を書いていないか確かめた。以前芥川龍之介『河童』の原稿が公開されたとき、「か」や「な」が概ね変体仮名で書かれていることを確認したが、芥川より五歳若い賢治さんはほとんど変体仮名を用いていない。「が」「な」「に」の三字にのみ、ところどころ変体仮名を用いている。同じページで二種類の字体が混在するが、明確な遣い分けのあるようには見えない。

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強いて言えば書くスピードが上がると変体仮名が出現しやすいような傾向があり、また同じ字が近くに並ぶ場合に片方を(意識的に)変体仮名にすることもあったかもしれない。
これらも活字本からは知ることのできない情報だ。

漢字では、まず「言」が二回しか使われていない。活字で「言」となる他の箇所はすべて「云」が書かれている。

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「鉄」は一箇所だけ「鐵」(ちょっと崩れてるが)が書かれ、ほかは「鉃」だ。

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「沢」は賢治さんの苗字にもあるが、本人が遣い分けを意識していたという。『春と修羅』の表紙が「沢」で箱が「澤」なのは本人の意思ではないようで、箱に「詩集」と銘打たれたのも気に入らなかったらしい。
原稿では概ね「沢」だが「駅」は正字。一箇所だけ草書風に書いたところがある。

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「水」は清書の意識がある箇所では楷書で書いているが、草稿では草書になることが結構ある。同じページで二種類の字体が出現することもある。

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「事」も草書と楷書、行書風の「亊」も書かれている。

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続きはまた暇を見て。