「来」と「黒」

銀河鉄道の夜』自筆原稿で気になった字の一つが「来」。旧字は「來」だが、昔からあまり書かれてこなかった字体で、智永の千字文も……

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(右が楷書、左が草書。楷書でも「来」で、しかも点ふたつは繫がっている)

よく見られるのがこの「耒」(耕・耘の部首、これも「ライ」。ただし現代中国音は異なる)の形の「来」だ。日本のフォントでは一画目を左払いに作るが大陸のフォントでは横画だ。
手塚治虫の自筆ネームでもこの字体を書いている。

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ところが、賢治さんは原稿に74回「来」を書いているうち、なんと45回が「來」なのだ。清書の際に意識して正字を書いたというわけでもなく、黒インクの書字スピードの速い行でも「來」が出現する。

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残り29回は「耒」の形、そのほとんどは草書だ。

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だが、鉛筆で楷書の「耒」を書いているところも3個ある。

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もう一つ気になるのが「黒」。JIS漢字では包摂規準の99番が「黒」と「黑」で、この字体差を区別しないことになっている。Unicodeでは区別している。ところが、JIS X 0213で、「人名用漢字許容字体」として包摂規準を適用せず追加した文字の中に「黑」があるからややこしい。「墨」にも「墨」が同じく追加された。一方、『濹東綺譚』の「濹」は包摂規準99番が適用されるので、「サンズイに墨」も「サンズイに墨」も同じ「濹」ということになる(フォントは両方のグリフを持っているので、切り換えることはできる)。
大陸は簡化字でも「黑」なのだが、実際のところ手書きで「黒」と書かないかというとそんなこともない。
黒沢明監督は最近は「黒澤明」と表記されることが多いようだが、自筆(?)で「黑沢明」と書いてあるのを見た記憶がある。
さて、賢治さんだが、45回書いたうち、「黑」12個、「黒」13個、草書が20個だった。

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なんとも絶妙な交じり具合である。