二重引用符の“double quote”と〝ノノカギ〟について(1)

(1)と付けたので今回も中途半端に終わる予定。

まずは、〝ノノカギ〟の名称について。私の校正者時代には〝ノノカギ〟という名称を聞いたことはなかった。たいていは「ちょんちょん」で済ませていて、正式名称は何なのかよくわからない。人によって「爪括弧」だの「和爪」だのと言っていた。なかには「鷹の爪」なんて言う人までいて(それは料理に使うのでは)。
JIS X 0208では、「1-40,1-41の縦組み用字形」(つまり“”に包摂)としていたが、JIS X 0213で別のものとして符号化された。名称は「ダブルミニュート」。しかしこの名称はUnicode(ISO/IEC10646)とは合致していない。
「〝」はU+301D(REVERSED DOUBLE PRIME QUOTATION MARK)であり、「〟」はU+301F(LOW DOUBLE PRIME QUOTATION MARK)であって、対になってすらいないのだ。
「〝」とUnicode上で対となるのは「〞」U+301E(DOUBLE PRIME QUOTATION MARK)の筈だが、これはJISどころかAdobeJapanにも対応がなく、日本語組版には使えない。さらにUnicodeには、「‶」(REVERSED DOUBLE PRIME)と「″」(DOUBLE PRIME)もあるが、「QUOTATION MARK」とは書いていないから引用符ではないらしい(「一般的な句読点」のグループにいるんだけど……)。

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さてこの〝ノノカギ〟がいつ頃から日本語組版に登場したのか。
近デジ(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)を探し回って見つけ出すのは至難の業なので(内田明さんに任せたい)、『青空文庫』で調べられないかと考えた。

 

 

 

大江さんの「“”」を入力してある青空文庫内の作品一覧をもとに、適当にピックアップして近デジと照合作業を行った。
ほとんどは欧文の引用に「“”」を用いた例だったが、明らかに和文を「“”」で囲んでいるものがある。
しかし、青空文庫で「“”」となっているが、近デジ(青空文庫が底本として使用したものではない版)では「『』」となっている例もいくつかあった。その中で〝ノノカギ〟用例と確認できたものを挙げる。

まずは『戦争史大観』石原莞爾、昭和16年のもの。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1461130/125

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これは約物になってない。「同上」を示す「〃」をそのまま使っている。

それよりちょっと古い昭和14年に(青空文庫には収録されていないが、同じ著者に使用例が多いので探した結果)、

海野十三『太平洋魔城』http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1873819/26

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こちらはかろうじて約物だが、位置がズレたり、起こしと受けの違いもはっきりしない。

そして戦後の作品。
田中英光オリンポスの果実http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1135548/18

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このあたりから〝ノノカギ〟が一般化してきたようだ。
石原莞爾は別として他の二つの小説の場合、会話とは異なる内容の「音声」を表すために、あえて変わった引用符を用いていることがわかる。

やはり〝ノノカギ〟は“double quote”の縦組字形とは言い難いということになるか。
それにもかかわらず、現実には〝ノノカギ〟と“double quote”はただならぬ関係にある。次回はそこから。

 

追記:一般的な句読点の画像を入れ忘れたので追加しました。