不老ふ死温泉ってなんでひらがな交じりなの

という疑問に屋上屋の例が現れた。

まずはこちら。

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見定めて帰つたは天成(みさだめてかえったはてんせい)

不思議のなす所御寿命は(ふしぎのなすところごじゅみょうは)

 

と書いてある。一行目の中ほども読めないが、まずは二行目の頭を見てほしい。

「ふ思議」としか読めないが、「ふ」は「不」の草書からできた仮名なので、ここは「不思議」と読むほかない。で、もうひとつ、

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子供集て読書の器用(こどもあつめてよみかきのきよう)

ぶ器用清書を顔に書子と(びきようきよがきをかおにかくこと)

 

二行目頭、普通は「不器用」と起こす。しかし、はっきり濁点が書いてある。漢字に濁点つけちゃいけないとは言わないが、付いてればやっぱり仮名だと考えたい。

(一行目の最後の「用」の左の「ノ」がないのも気になるけど間違いじゃなくてこう書くこともあったのだ)

 

何が言いたいかといえば、この書物では漢字と仮名とをあまり区別していないということ。「ふ」は「不」だし、それは「ぶ」も「不゙」も同じだということ。

 

「とも」と読むときは平気で「共」と書く(「よいとも」を「よい共」とか、「ちっとも」を「ちつ共」とか)し、「不思議」を「ふしぎ」と書くこともあって、

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母様か我子かと御親子ふし(ははさまかわがこかとおんおやこふし)

ぎの御対面源蔵夫婦横(ぎのごたいめんげんぞうふうふよこ)

 

行が分かれているせいなのかどうか。これも不思議なことではある。

 

(画像はすべて『菅原伝授手習鑑』の丸本より)

浄瑠璃丸本と楷書八行本

2月27日の記事で、不思議な切れ方のことを書いた。先日セミナーで会った方(Twitter: @2SC1815J さんだったか @uakira2さんだったか)に、「切れ目の所に〽があります」とお教えいただいた。

別の演目、『菅原伝授手習鑑』の寺子屋の段を、丸本で見てみると、

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左ページ一行目の真ん中あたりに(元は朱刷の)〽が確かにある。ここから後が上演時には「寺子屋の段」、そこまでは「寺入りの段」と分かれている。

もう一冊、楷書八行本という楷書活字で印刷されたものを見ると、

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同じ箇所に「が入れてある。

明治以前から、ここで段を分けていた様子だ。

ちなみに丸本の見開きをその改行通りに起こしてみると、

 

ソリヤ道理いなドリヤおばがよい

物やりましよつい戻つてやら

んせと目でしらすればアイ/\つい

ちよつと一走りと後追子

にも引さるゝ振かゑり見

返りて下部〽引連急ぎ行

どりやこちの子と近付

にと若君の傍へ寄機嫌

紛らす折からに立帰る主

の源蔵常にかはりて色

 

カタカナは割注扱いとして、一行の文字数を数えると、

12/13/14/11/11/10/10/10/11/10

10字を基本としつつも仮名が詰められて15字くらいまでになることがあるようだ。

見開きで10行、112字入っている勘定だ。

楷書版は21字8行で、1ページ168字。カタカナや句読点も1字扱いだから、おおむね丸本の見開きが1ページに収まることになる。

InDesignDTPでIPAmj明朝を使ってみる

ありえない想定だが、名簿をInDesignで作るとして、こんな手書き原稿を貰ったとする。

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これで、「ささ・みつひろ」と読むのだそうだ。

 

「そんな漢字はありません」と答えたいところだが、そうもいかない。

そんなときにIPAmj明朝ですよ。なんと6万字の漢字が一つのフォントファイルに収められている。しかし、どうやって6万字の中から目指す字を見つけたらいいか……。

 

http://ossipedia.ipa.go.jp/ipamjfont/mjmojiichiran/index.html

 

ここに文字一覧表がある。エクセルファイルもダウンロードできる。

例えば二字目の「満」のような字を探すとしよう。きっと「マン」という読みが登録されているだろう。

 

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これかな? で、

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第60分冊を見ると、

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違った、こっちだ。

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下から二番目のヤツ。

 

で、IPAmj明朝をダウンロードしてインストール。InDesignで、字形パネルを見てみよう。

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「ささ」を見つけた。これで、二つ。最後のヤツは「博」の異体字、もしかしたらIVSがあるかも。

 

こういう時に便利なのが、ものかのさんのサイト。 http://tama-san.com

IVS Checkerを使います。

 

博を選択してIVS Checkerで字形を探すと、U+535A E0106だとわかる。

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ダブルクリックで入力する。

「博󠄆」

できました。

え、点がついてる……けど大丈夫。フォントをIPAmj明朝にすれば、

 

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ちゃんと出てる。

で、InDesignにペーストしてみる。

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変な警告は出たものの、ちゃんと字がでてきた。

ほかの二文字は、字形パネルから入力するしかない。というのは、

IVS Checkerで「満」や「滿」を調べても、

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ありません……。

 

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この〓みたいなのの前までしかUnicodeに登録されてない。あとは文字の名前がNull。

文字コードがなくてグリフだけが入っているのである。

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InDesign上でも選択できない……コピーして、エディタにペーストすると真っ白。

IVSがあっても、なかなか大変。

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点のない「博」を選択すると、異体字として「博」が出る。

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逆はダメ。

 

ま、とにかく最初の原稿どおりの字は打てた。

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文楽のウィドウ・オーファン

先日も、お誘いがあって文楽鑑賞に行ってきたのだが、変なことが気になってしまって、どなたか詳しい方に教えを請いたいと思いつつそのままにしている。

 

それは一段の終わり、太夫が

〽胸の強弓矢襖を引き開け……

と語り切って(とは書けない。どうにも終わっていないところまでを語って)頭を下げ、場内拍手。で、くるりと回って別の太夫と三味線が登場。紹介の後、

〽てこそ入りにける/されば恋する身ぞ辛や

と語りだしたことだ。

 

前の段の最後をなぜか次の段の頭に語る……。

そしてその段の最後も、

〽引き分か……

で終わって、くるりと回って次の太夫が、

〽れてぞ忍ばるる/迷ひはぐれし

と続けるのだ。場内で売っている床本を見ても、

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わざわざ間に小見出しが入っている。

 

これは演出なのだろうか、ちょうどテレビ番組でCMを挟んで同じシーンを被せる演出と同じように……。

それとも、床本を適当な所で分割して太夫に割り振ったために、最後の一行がウィドウとなって次の段の太夫の手に渡り、そのまま演じているのだろうか。

 

文楽の床本の本物は見られないので、国会図書館の近デジで、出板された稽古本や丸本を見てみたのだが……

 

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浄瑠璃稽古本

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856493

 

 

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浄瑠璃丸本

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856576

 

稽古本はピッタリ丁が変わっているし、丸本は後ろの段の二行がオーファン状態であるが、行は変わっている。

 

本によって一行の字詰めも違うわけで、本番用を見ないと謎は解けないようだ。

 

やはり詳しい方の教えを乞うしかない。

【変体仮名】一筆書きじゃあないのだけれど

小学校(あるいはそれ以前)で初めて文字(ひらがな)を練習するとき、たいていは鉛筆で書くだろう。それとも現在は違うのだろうか。

100年前だと、確実に毛筆で練習した。毛筆の場合、筆圧の強弱が太さを決定し、文字に抑揚がつく。鉛筆ではそれがない。

変体仮名の参考資料はほとんどが毛筆によって書かれたものであり、抑揚のある書きぶりとなっているが、これを鉛筆で書いたらどうなるかと考えるとなかなか難しい。

資料の文字をなぞれば、ほとんどが一筆書きになってしまいそうだ。

 

たとえば、こんな十字形を、

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一筆書きで書いてみると、

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このような四通りがある。

実際手書きするときには一筆書きではなく、途中で筆は空中に浮いて、

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こんなふうになるだろう。

 

いくつかの明朝体の仮名で見比べてみよう。

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脈絡がつながっていないものでも、空中の筆の動きが想像できるフォントもある。

 

さて、「古」を字母とする「こ」の変体仮名を見ると、

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切れているものもある。

 

「須」を字母とする「す」の変体仮名は、

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もう少し切れるところがありそうでもあるが……。

 

IPA変体仮名仕様書の字母(わ行・ん)

いよいよ最終回(といってもまだもう少し同じ話は続きますが)。

わ行の字母は以下。

198王 199和 200倭 201輪

202井 203居 204爲 205遺

206惠 207衞 

208乎 209尾 210越 211遠

212无

 
「わ」の字母は「和」。

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多いのは「王」からの「わ」(王は「わう」と書く。「ワンさん」の「王」)

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「倭」からは、

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「輪」からは、

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他に「吾」や「曲」もある。

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「ゐ」は「為(爲)」が字母で、

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「井」は、

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「居」は、

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「遺」からは、

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他に、「囲(圍)」も。

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「ゑ」は「惠」が字母で形はさまざま、

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「衛(衞)」には大きく二種ある。

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その他、「会(會)」や「回」もある。

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「を」の字母は「遠」で、変体仮名と言えるかどうか、活字に二種ある。

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さらに「遠」で、

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「越」からは、

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「乎」は、

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「尾」は、

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おまけで、「ん」の字母「无」。っていうか、これ「無」ですよ。

住基仮名にご丁寧に二つある。

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IPA変体仮名仕様書の字母(ら行)

毎日更新も2週間続いた。もう少し。

ら行の字母は以下。

 

176良 177等 178羅

179李 180利 181里 182理 183梨 184離

185流 186留 187累 188類

189連 190禮 191麗

192呂 193婁 194路 195樓 196廬 197露

 
「ら」の字母は「良」というのが見れば分かる。

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下段の形はもう「ら」と言ってもいいかも。

 

「等」の草書で「ら」の変体仮名とされるもの、「我ら」「彼ら」の場合には 漢字でしかない。そうでない例を探さないと。

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「羅」は天ぷら屋でよく見る(「婦」の時も書いた。そんなに天ぷらばかり食べてません)。

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他に「頼(賴)」もある。

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 追記:この字は「朗」ではないかとTwitterでコメントを頂いた。「標準草書」の画像では、

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そうかもしれない。

「り」は「利」から。というか「リ」から。

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「李」はあまり見ないが、

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「里」はよく見かける。

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住基仮名はやはりループがおかしい。

 

「理」の例。

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「梨」の例。

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「離」は活字に例がない。

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「る」は「留」から。

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「流」はこんな感じ。

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「累」の例。

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「類」の例。

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「れ」は「礼(禮)」から。当然二種類はある。

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「連」を字母とするものはよく見かける。漱石も「おれ(俺)」を「お礼」「お連」の両方書いている。

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「麗」は活字では見ないが、

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「ろ」の字母は「呂」。活字では見ない。

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「路」はこんな感じ。

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「楼(樓)」は、

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「露」は、

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このあたり、住基仮名が揃って いるが……。「婁」や「廬」の例は見つからない。

代わりに「魯」の例が。

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やはり、活字字形の例があるものはそれなりに形が安定しているが、書作品からの場合は一定せず、まして戸籍や住民票からとなると崩し間違いなどが心配だ。